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【Wizard Rev】東京ローカル・ホンク “さよならカーゴカルトTOUR

2011/12/18

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 僕が10歳の頃........その多感な心に刻み込まれて以来、それからの人生30数年の全ての瞬間を費やして追い求めてきた「ホピュラー・ミュージックの偉大なる瞬間」........


 そんな僕のちっぽけな30余年以ってしても尚、未だ漂い続けるしかない「音楽の大海」を構成する「ホピュラー・ミュージックの真実」という「無数の輝かしいドット」を僅か数曲・数十分の中にこれ程提示し得るミュージシャン達を僕は、現在の国内のバンドでは知らない。


 そう........東京ローカル・ホンク........僕とまったくといっていい程同じ年齢のメンバー達......そして、同じような年代と年月と社会・世相を生き抜いてきて今尚、このような「ホンモノの音」を届けてくれている彼等を誇りに思う。



 さて、柳川では3度目になった今回のホンクのステージ、新作 「さよならカーゴカルト」のプロモ・ツアーという事もあり、その新作からの曲をたっぷりと交えたセットリスト。


 そんな気になる新作からの曲はちょっとアーシー(=土臭い)なルーツ寄りのフィーリングを以前にも増して感じさせるベクトルへと移行しつつある印象を受けたんだ。

 弦二さんがMCでふれられていたように、有名な評論家 小倉エージ氏が Bobby Charles (ボビー・チャールズ) を引き合いに出したのも分からなくもない気もする。


 ただ-----これは直接弦二さんにも言った事だが-----ある意味、今までのホンクにあったハッとするようなきらびやかハーモニー展開や構成が少なくなった(コーラス・パートが少なくなった・アレンジが地味になったという意味ではなく、ルーツ・ミュージック的味わい深いソングライティングを志向すると必然的に、簡素化されたハーモニー感とアレンジに集約されていくという意味)為、キャッチーな展開を好みがちな一般的リスナーには少しとっつき辛くなったのかもしれないという感じも持った。
 

 弦二さんとは同級生でもある僕もある意味同じように、年々、古いルーツ・ミュージックからインスピレーションを得る事が多くなり、簡素な要素で成り立つ「ワビ・サビ」的な味わい深さを自作に求めるようになってきたので、そんなソングライティング・ベクトルの移行もよく理解出来るんだ。

 まぁ、簡単に言えば、それ相応に歳をとってきたっていう事。



 そんな中、井上さんのスライド・ギターと掛け合いコーラスが冴える「拡声器」という曲は上記のような観点からも非常に興味深い曲だった。


 一聴しただけでは、シャフルのリズムとスライド・ギターに耳が行くせいもあり、ノリのが良いブルース・ライクな作品のように思えるのだろうけど、僕は Paul Simon (ポール・サイモン) 辺りがよく50sの至宝(=名曲)の数々を自作のモチーフにして新しくアッフデートした至宝を生み出してきた手法を思い出したりしていたんだ。

 要するに、いつも書いているように、いいミュージシャンは「歴史と繋がって」いるという事。


 具体的には、この「拡声器」という曲で僕が強烈に思い出したのはこの歴史的名曲(↓)。




The Cadillacs - 'Speedoo'

(携帯の方は ここ)



 この曲は1955年に大ヒットしたドゥー・ワップ or 初期のロックンロールでもあるブラック・ミュジックの古典的名作なんだけど、この曲をスゥンギーなリズムでリライトして、スライドを絡めて......っていう発想が出来た時点(=歴史と繋がった時点)で、音楽的には「拡声器」に割と近い世界観のものが既に見えていると思う。

 が、実際にはそんなに簡単な方程式ではない「弦二さん個人史」をスルーしてきた「無数のドット」が集結する「アートのメカニズム」が働いているわけなのは言うまでもない。


 また、「昼休み」という曲は、同じ曲を書く人間として、嫉妬する位に実に素晴らしい曲だ。

 本当にこの曲、ギターで書かれた曲としては最高峰のハーモニー感とメロディを持った曲だよ。

 その「ギターで書かれた最高峰のハーモニー感」というポイントこそが、初めてホンクを見た時から僕の耳に一番引っ掛かる部分なので、少しばかり書かせてもらいたい。



 予てから感じていた私見ではあるけど、東京ローカル・ホンクというバンドのサウンドの「キモ」は弦二さんの左手にあると感じていた。


 無論、安定した土台(=リズム隊)あって初めて成立する話であるのは言うまでもないのだが、あの弦二さんの左手のフォーム------そう、ボサ・ノヴァ的とでも言えるコード・フォーム------から繰り出されるギターという楽器が「構造的に抱えた欠点≒宿命」と「構造的に抱えた利点≒アドヴァンテージ」を総括した「ギターに拘った地点」から発せられる豊かなハーモニー感(≒コード)こそが、優れたソングライティングとバンド・サウンドが直結する「媒体」となっているのが、ホンク・サウンドの素の姿なんだと思う。


 そして、曲が仕上がってきた時点で、ソングライター(=弦二さん)が残して or 埋められなかったいくつも「空白のパズルのピース」に対して、その曲を理解し、咀嚼し、そして「その曲が必要としている最適なピース」を「提示してみせる能力」を各メンバーが有している事こそが、東京ローカル・ホンクというバンドが素晴らしいバンドである所以だと思う。


 決して演奏が巧いとか、そんな低次元の話ではない。

 そんな程度の話なら、フュージョンだの、ヘヴィ・メタルといった連中にもっとサーカスモドキが巧い連中はゴマンといるよ。



 そんな中、同じ曲を書く人間として最も近いスタンスを感じて止まない秀逸な曲「いつもいっしょ」に酔いしれてしまった。


 この曲は The Delfonics (デルフォニックス) 辺りに代表されるスウィート・ソウル/フィラデルアィア・ソウルのマナーに沿って書かれている曲だ。


 それが証拠に、過去3回の柳川のステージで演奏されたこの曲の全てのヴァージョンに、僕も死ぬ程大好きな デルフォニックスの 'La La Means I Love You' (↓) の一節を挿入していた事が物語っている。




The Delfonics - 'La La Means I Love You'

(携帯の方は ここ)



 この歴史的な名曲にして、世界中に熱狂的なファンを持つ 'La La Means I Love You' をさり気なく折り込んでみせるセンスに、柳川のオーディエンスも気が付いてもらえるようになったら、「いい音楽が溢れる街」も近いっていうものだよ。


 そうそう、懐かしい........

 そうだった.......

 この時対バンさせて頂いた時 に、初めて弦二さんと交わした会話が、



     「デルフォニックス好きなんですか?」

     「あぁ、分かる人は分かってくれるんですね。」といった具合だったんだよね。



 また、この「いつもいっしょ」の一部にみられる maj7-m7 をレピートさせたハーモニー感は、僕に強烈にこの曲(↓)を思い出させたんだ。




Marvin Gaye - 'You Sure Love To Ball'

(携帯の方は ここ)


 つまり、この「いつもいっしょ」という曲は、黄金期のある種のソウル・ミュージックのイディオムをよく理解しているソングライターとプレイヤー達が、実に巧くオリジナルに昇華させた例だと言えるんだと思う。



 で、そんなこんなでステージは進行していったわけで........



 そこで今回、特にサウンド的に耳に付いた点を記すと、井上さんのショート・ディレイを多用した何処となく「ニュー・ウェイヴ」を感じてしまったギター・サウンド........



 上記の如く、クニオさん・アラケンさんによる曲を十分に咀嚼⇒理解⇒解釈したリズム提示の上で展開される弦二さんの左手によって導かれる豊かなハーモニー感に対し、そのハーモニーを濁さないように、「ピン・ポイント」的に「セカンド・ボーカル」的に切り込んでくる井上さんの良い意味で「語らないギター」がショート・ディレイでくっきりと浮かびあがってくるサマは、ある意味、"What's Going On" における Marvin Gaye (マーヴィン・ゲイ) の一人二重唱のような感覚を僕に思い出させたんだ。



 特にシングルとなった「おいでおいで」は、ここまで書いてきた特徴が総括的にみられる「今のホンク」をよく表している曲だと思う。


 イントロから奏でられる何処となく Talking Heads (トーキング・ヘッズ) を連想する井上さんのショート・ディレイが掛かったギターに続いて、弦二さんの左手による相当にブラジル的展開をみせるハーモニー提示に追随するクニオさん・アラケンさんのリズム。

 そして、まるで弦二さんとデュエットするが如くカウンター・パートをピン・ポイントで打ち込んでくる井上さんのギター。

 曲自体が求めていない、又、曲に不必要なテクニックをまったく披見しようとしない、弦二さんのギターが7弦にも8弦にもなったかのようなハーモニーの補強とリズム展開を組立てるアラケンさんのクレバーなベース・ライン。

 そして仄かにスゥイングしながら、ジャズ的なシンバルでのリズム・キープを好むスタイルを堅持するクニオさんの唄心がある「ドラミング」。


 
 そして、ある意味、Neil Young (ニール・ヤング)Lou Reed (ルー・リード) のように、様々な音楽的挑戦を続け、ファンや評論家にとっていくつかの「迷作」をリリースしようとも「戻るべき圧倒的スペース」(=その手の音を出せば、必ず良い音楽を作れて、ファンも評論家も大歓迎するような「絶対的カード」とも言える音楽性)を持つミュージシャンを嫌でも思い出さずにおられなかった「社会のワレメちゃん」の熱の入った演奏。


 結局の処、「社会のワレメちゃん」での何処までも続いて欲しいと思わずにいられないインタープレイの応酬とリズムの呪術の前では、このバンドのどんな変化をも「太陽の黒点」程度の問題としか思えなくなってしまう。

 それ程に素晴らしい「ホピュラー・ミュージックの偉大なる瞬間」とも言える演奏だった。



 因みに、この曲の何処までも続いて欲しいと誰しも思ってしまう中毒性の高いリズム・パターンは、言うまでもなく、この名曲(↓)から引用されている。




James Brown - 'Mother Popcorn'

(携帯の方は ここ)



 さてさて、今回初めて見た Yasei Collective の方はと言うと.......


 まぁー何とも「凄まじい演奏」をする連中だね。

 
 基本的に、「知ってる人」が聴くと、このバンド(↓)を思い出すような音だよね。




The Mahavishnu Orchestra With John McLaughlin - 'Meeting Of The Spirits'

(携帯の方は ここ)


 そう、上に紹介した Miles Davis (マイルス・デイヴィス)のエレクトリック・グループから独立したイギリス人ギタリスト John McLaughlin (ジョン・マクラフリン)が結成した The Mahavishnu Orchestra (マハヴィシュヌ・オーケストラ) であるとか、70s中期~後期辺りの Jeff Beck (ジェフ・ベック) 辺りの変拍子バリバリのジャズ・ロックをどうしても連想させる音だよね。


 但し、そんなある種のインプロヴィゼーションに主眼を置かれた思しき演奏に、ギタリストがボコーダーを通したボーカルを乗せてみたり、サンプラーに予め仕込んであるSE(効果音)等を挿入したりするサマは、決して回顧的70sジャズ・ロック・フォロワーではない、「ヒップ・ホップ以降の世代感」を十分に感じさせる辺りに好感を持った。


 また、そんな手数の多いドラマーを中心とした「変拍子のアメアラレ」の熱気とリズムの隙間からフッとした瞬間に顔を覗ける maj7 or 9 or 11/ m7 or 9 or 11 といったテンションを含んだハーモニーに支えられた短い愛らしいメロディの断片に、今後の「大バケ」を十分に感じさせるものがあったんだ。

 恐らくは、20代~30代前半までのメンバーの年齢からして、上に紹介したような70sジャズ・ロックなんていう類の音楽はあまり知らないのだろうから、リスナーとして、ミュージシャンとして良質な音楽を追い求めてきた結果が自然と70sジャズ・ロック的演奏に辿り着いたんだろうと想像する。

 また、ある意味(ホンクの「いつもいっしょ」と同じ意味で)70sソウル・ミュージックを感じさせる「テンションを含んだハーモニーに支えられた短い愛らしいメロディの断片」というのも、世代的に、70sソウルの巧妙なイミテーションとしか思えなかった Jamiroquai (ジャミロクワイ)、Brand New Heavies (ブラン・ニュー・ヘヴィーズ)といった アシッド・ジャズ・ムーヴメント 経由の影響なんだろうなって思ったんだ。


 ただ、そんなハーモニー感を支えるのがキーボーディストがシンセサイザーで代用する フェンダー・ローズ の懐かしくも新しいエレクトリック・ピアノの音であり、その音に導かれて顔を覗かせる愛らしいメロディがある種のアンビエント感を携えている辺りは、やはりこの知らなきゃウソの歴史的名曲(↓)の幻影を感じずにはいられなかった。




Miles Davis - 'In a Silent Way'

(携帯の方は ここ)



 彼等がこのまま、今の高度な演奏能力とインプロヴァイズ能力を維持したまま、十分にその萌芽を感じさせる「ソングライティング能力」を開花させ得れば、それこそ「末恐ろしい」バンドに「大バケ」するはずだ。


 つまり、ズバリ言ってしまえば、例えば16ないし32小節程度の魅力的なモチーフを元にインプロヴァイズする事は今でも出来ている事であって、1曲を通したメロディ・ハーモニー・リズム・詞といった総合的な楽曲展開する力量を付けていく事を期待するっていう事。(逆に言えば、それがホンクと彼等の「決定的差異」なわけで.........)



 兎に角、これ程の夜を、なかなかこの小さな地方都市柳川にいて過ごす事は、滅多にある事じゃない。



 僕はいつも、LET HOT のライヴを見る時は、このレビューを書く使命を負っている事もあり、手帳とペンを片手に忙しくメモを取りながらのステージ鑑賞になるのが普通の事なんだけど、この夜だけは、まったく手帳は白紙のまま.......

 そう、ただの1文字すらメモを取れていない。

 いや、もう途中からは、メモを取る事は放棄したんだ。

 この夜に、この素晴らしいバンド達が空気中に放出した全てのいかなる「ノイズ」を、たとえ32分音符1つでも聞き逃すまいと必死だったんだ。



 でも大丈夫。

 こうしてこの長いレポートをこの行を以って書き終えるという事は、全ては僕のソウルに刻まれたっていう事。

 
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